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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)1419号 判決 1968年6月15日

原告

岩本美佐子

被告

番所孝吉

ほか一名

主文

一、被告石田明は原告に対し、八〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年四月六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告石田明に対するその余の請求および被告番所孝吉に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用中、原告と被告石田明間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告番所孝吉間に生じた分は原告の負担とする。

四、この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実及び理由

第一原告の申立て

被告らは各自原告に対し、一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年四月六日(本訴状送達翌日)から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員(遅延損害金)を支払え。

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二原告の主張

一、傷害交通事故発生

とき 昭和四〇年四月九日午前一時ごろ(雨)

ところ 大阪市住吉区帝塚山中一丁目一一〇番地先交差点

事故車 普通乗用自動車(兵五の五六二六号)

運転者 被告石田

受傷者 原告(当時三一才)

態様 原告を乗せた事故車が西より南に右折するに際し、おりから東より西進してきた訴外国際タクシー株式会社のタクシーと衝突した。

二、被告らの責任原因

(1)  被告番所(自賠法三条、予備的に民法七一五条)

被告番所は訴外兵庫プリンス自動車販売株式会社から本件事故車を購入したものである。同被告は被告石田が事故車を購入したもので、その際自己名義を貸与したにすぎない旨主張するが、かりにそうだとしても、事故車の買受名義のみならず使用および保険加入名義も被告番所となつており、かつ事故当日その購入代金の月賦金は未済であつた。すなわち、被告番所はみずからの意思で被告石田の管理能力を信用し、事故車を直接占有させていたもので、被告石田が月賦金を支払つていたとしても、究極において被告番所が負担すべき売買代金債務の支払いにあてていたことは明白で、被告石田が全額支払えば被告番所より同石田に名義が変更される関係にあつた。

かかるとき、事故発生の原因となつた具体的運行そのものは被告番所のためになされたものでないにせよ、抽象的一般的に事故車を支配し運行利益を享受していたとしてもなんら公平に反しない。元来、具体的運行のいちいちを検討し名義貸与者と借受者の実質関係の存在を認定し責任主体を決定しようとするが、これは一つの説得的方便のためで、具体的運行のいちいちを検討しなくても、今日の交通地獄の時代に凶器と化すべき危険物所持の責任をみずからの名義で位置づけた名義貸与者は、名義貸与者としてのみ評価されるべきでなくその責任を肯定したとさえ評価されてしかるべきである。また、通常自動車を購入する者は、その自動車のもたらす時空の圧縮による利益を得、その利益は通常経済的利益であるから、その利益によつて名義貸与者の車買受代金債務が完済されていれば、いまだ運行利益があるといわなければならない。よつて、被告番所は自賠法三条による運行供用者責任を負担する。

かりに以上の主張が理由ないとしても、被告番所は仕事のために被告石田に対して自己名義の使用による事業執行を許容したもので、被告石田は同番所の使用人として表示され、かつ被用者として事業の執行につき損害を加えたものであるから、被告番所は民法七一五条による使用者責任を免れない。

(2)  被告石田(民法七〇九条)

飲酒運転のため酒の勢いで制限速度を越える時速約五〇キロメートルで進行し右折南下しようとするに際し、対向車が直進してくるのを認めながら右折合図義務を怠つた過失により本件事故を起こしたもので、この事故発生については原告側に過失相殺されるべき過失はない。

三、原告の損害

(1)  受傷部位、程度

右上腕骨々折により、阪和病院に四四日入院したのち南大阪病院に昭和四一年一一月一五日まで約一年六ケ月通院した。現在も観血的整復手術時に螺子四本を患者に入れ固定したままの状態で、右手屈曲困難のため食事、洗顔、洗髪、整髪などすることができない。

(2)  数額 計一、五八七、二〇〇円

(イ) 逸失利益 七八七、二〇〇円

バーのホステスとして、日給三、〇〇〇円一ケ月二五日勤務し月収七五、〇〇〇円を下らなかつたが、昭和四〇年四月九日から翌四一年四月二〇日まで治療のため休業し、その間の見込み収入および自己の客を失つた。その損害は最低九〇万円であるところ、自賠責保険金(休業補償)一一二、八〇〇円を受領しこれに充当したほか、訴外国際タクシー株式会社が三〇〇、〇〇〇円を支払うべき和解が成立している。

(ロ) 慰藉料 八〇〇、〇〇〇円

前記受傷部位・程度・右のうち訴外国際タクシー株式会社が二五〇、五〇〇円を支払うべき和解が成立している。

四、本訴請求

前記逸失利益内金四八〇、〇〇〇円、慰謝料内金五四九、五〇〇円の合計一、〇二九、五〇〇円の内金一、〇〇〇、〇〇〇円および前記遅延損害金。

第三被告番所の主張

一、本件事故車が被告番所の所有であることは否認し、その余の原告主張事実はすべて争う。

二、事故車の所有名義が被告番所になつているのは、つぎのような事情によるものである。

訴外中村利二は右事故車を兵庫プリンス自動車販売株式会社から昭和三九年四月二三日購入するに際し、みずからは香川県で丸木自動車の商号で自動車販売および修理を業としていて、運行場所および営業所が買受資格に適合せぬため(兵庫県内に居住し、かつ同県内で運行するものでなければ右会社から自動車を買い受ける資格がない)。親交のあつた被告番所に買受名義の貸与方を申し入れたので、同被告においてこれに同情し中村に便宜を与えるためやむなく車の買受名義を自己名義にしたのみである。その後中村から被告石田が事故車を買い受けたものであるが、被告番所は同石田の経営する事業に共同出資共同経営その他なんらかの形で関係を有するという事実は全然ない。したがつて、被告番所は本件事故車に対しなんらの運行支配を有せず、また運行利益も享受していなかつたものである(なお本件事故当時にはすでに月賦金の支払いは完了していたが、名義変更手続を怠つていたものである。)

三、かりに被告番所に運行供用者責任があるとしても、原告は事故当夜被告石田とともに飲酒し、同被告が飲酒めいていしていることを知りながら事故車に同乗したのであるから、その点において原告にも過失がある。

第四被告石田の主張

一、原告主張一項の事実(傷害交通事故発生)、事故当時被告石田が酒気を帯びて事故車を運転していた事実は認めるが、その余の原告主張事実はすべて争う。

二、かりに被告石田になんらかの賠償責任ありとするも、原告は被告石田が飲酒した店で働いていたのであるから、同被告が酒気を帯びて運転することは了知のうえ雨中の帰宅途上同乗を求めたものである。しかも被告石田は香川県で勤務し大阪の地理に不案内であるため、原告の方向指示により運転していたものであるから、本件事故については原告にも過失がある。

第五証拠 〔略〕

第六当裁判所の判断

一、傷害交通事故発生

原告主張のとおり 〔証拠略〕

二、被告らの責任原因

(1)  被告番所(無責)

〔証拠略〕によると、被告石田は昭和三九年ごろその営業用に使用するため自動車を購入しようとしたが、同被告が当時居住していた香川県内の自動車販売会社からは希望の車種が早急に入手できなかつたため、訴外中村利二を介し兵庫プリンス自動車販売株式会社から本件事故車を購入することになつたこと。しかしプリンス系の販売会社では互いに各販売領域を定めていて、香川県居住の被告石田名義では右兵庫プリンスから自動車を購入しえない事情にあつたため、右中村が知人の被告番所に頼みその買主名義を借りてこれを購入したこと、そして代金支払いのため被告石田において約束手形を数通振り出し、これに被告番所が裏書きして売主に交付たのち、被告石田が事故車の引渡しを受けてこれを使用し右手形金を支払つていたが、本件事故当時にはまだ完済されていなかつたことが認められる。

とすると、本件事故車の実質的な買主は被告石田であることが明らかであるから、他に特別の事情の認められない本件においては、形式的な買主名義の貸与者にすぎない被告番所に右事故車の運行支配と利益が帰属するとは認められない。

原告は、危険物たる自動車の買主名義を貸与した者は、そのことだけで危険物所持責任を肯定したと評価されるべきである旨主張するが、いまだそのようには解しがたい。また、被告石田が事故車の利用により享受する経済的利益をもつて名義貸与者たる被告番所の形式上の車買受代金債務が支払われているからといつて、事故車の運行利益が被告番所に帰属するとは解しえないので、この点に関する原告の主張も採用しがたい。

つぎに原告は、被告番所が同石田に対し自己名義の使用による事業執行を許容した旨主張するが、そのように認めるに足りる証拠はなんら存しない。

以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、被告番所は本件事故につき自賠法三条、民法七一五条にもとづく賠償責任を負わないといわなければならない。

(2)  被告石田(民法七〇九条)

〔証拠略〕によると、被告石田はかなり飲酒し酔つた状態で事故車を運転東進して本件交差点にさしかかつたが、前方不注視のため対向してくるタクシーに気づかず、右折合図もしないで急に南に右折した過失により本件事故を起こしたことが認められる。

三、原告の損害

(1)  受傷部位・程度

原告主張のとおり(甲一号証・原告本人尋問の結果)。

(2)  数額(残) 計一、五八七、二〇〇円

原告主張のとおり(原告本人尋問の結果、同結果により成立を認める甲三号証の一、二、弁論の全趣旨)。

四、原告の過失(過失相殺二〇パーセント)

〔証拠略〕によると、原告は事故当夜クラブ「脇坂」の客として訪れた被告石田を接待したのち、さらに同被告とともにバー「マツクス」におもむき時を過ごし帰宅しようとしたが、当時雨が降つていたので被告石田が酒に酔つていることを知りながらその運転する本件事故車に同乗し、みずから行先を教示しながら本件交差点にさしかかつたとき、急に右折を指示したため事故となつたものであることが認められるので、本件事故による損害の発生については原告にも過失があるというべく、本訴請求額の二〇パーセントを減じなければならない。

五、結論

被告石田は原告に対し、八〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年四月六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならないが、被告番所は本件損害の賠償をなすべき義務を負わない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央)

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